この裁判について

目次

  1. ご挨拶
  2. 皆さまへのお願い「応援は申立人へ ご批判は弁護士へ」
  3. 同性婚実現への2本のシュート ~主位的主張と予備的主張~
  4. 「同性婚の禁止をやめたら、こんな悪影響が起きた」という実例はあるのでしょうか
  5. 「東日本大震災を詠む」
  6. 法律による行政の原理 (1)
  7. 同性婚裁判と、トランスジェンダーの『最も危険な年』
  8. 法律による行政の原理(2)-「婚姻ハ,法律ノ定ムル要件ヲ具フルヲ要シ,又,之ヲ以テ足ル。」

1. ご挨拶

  

はじめまして。このウェブサイトを訪れてくださって、ありがとうございます。

私は、「Xジェンダー同性婚裁判」を担当している弁護士の宮井と申します。長野県の安曇野市(あづみのし)という小さな町で弁護士をしています。

岡山県岡山市の作花知志(さっか・ともし)弁護士と一緒に、この裁判を担当させていただいております。

「この裁判について」のコーナーでは、Xジェンダー同性婚裁判が、どのような裁判なのか、どのような主張をしているのかについて、皆さまにお伝えさせていただく予定でおります。

どうぞよろしくお願いいたします。

(2021年1月11日記、宮井)

 

2. 皆さまへのお願い 「応援は申立人へ ご批判は弁護士へ」

  

裁判の内容に入らせていただく前に、皆さまへのお願いが一つあります。

これからお話ししていく、Xジェンダー同性婚裁判の主張の内容、この裁判の手続(「家事審判(かじしんぱん)」と呼ばれます。)を選んだこと、そして、この裁判を始めること自体についても、弁護士である私や、作花知志先生が、強い主導をして進めてきたことです。

申立人のお二人と、弁護士は、同性婚の実現と、性的マイノリティへの差別の解消を願う思いは、共通していると思いますが、裁判の方針について、決めてきた・決めているのは、あくまでも弁護士です。

皆さまには、このウェブサイトをご覧いただくなかで、皆さまのお考えと違っていたり、ご批判をなさりたいことも、出てくるのかもしれません。

そのような場合にも、そのご批判は、「弁護士あてに」していただくように、お願いいたします。

「 応援は申立人へ ご批判は弁護士へ 」

無理解にさらされ、差別され、苦しみ続けてきたマイノリティが、最後の助けを司法に求めて、裁判をするとき。

そのときにまで、心ない誹謗や中傷に耐えなければならないのは、とても悲しいことだと思っています。

「 応援は申立人へ ご批判は弁護士へ 」 

どうぞよろしくお願いいたします。 

(なお、ご批判を弁護士へいただく場合にも、法律のルールの下にあります。悪質なヘイト、業務妨害、脅迫、名誉毀損等が見られた場合、警察に相談、また、専門弁護団へのご依頼等により行為者を特定し,適宜の対応をいたします。)

(2021年1月11日記、宮井)

 

3. 同性婚実現への2本のシュート ~ 主位的主張と予備的主張 ~

Xジェンダー同性婚裁判では、大きく分けて、2つの主張をしています。

このウェブサイトのトップページにも、書いていただいたのですが、

① 現在の民法・戸籍法は、同性婚を禁じていない。 =主位的主張(しゅいてき しゅちょう)

② もしも禁じているとすれば、それは憲法違反となる。  =予備的主張(よびてき しゅちょう)

「主位的主張」、「予備的主張」とは、耳慣れない言葉だと思います。

サッカーに例えてみたいと思います。

サッカーで、このようなシーンがあると思います。

相手のゴール前に攻めて行って、1本目のシュートを打つ。

ゴールキーパーがボールをはじく。そのボールが、自分の前に転がってきたら、2本目のシュートを打つと思うのです。

1本目のシュートも、2本目のシュートも、サッカー選手は、本気で、今までの鍛錬の成果を振り絞って、ゴールに入ることを願って、それを打つのだと思います。

Xジェンダー同性婚裁判の2つの主張も、似ているように感じます。

「現在の民法・戸籍法は、同性婚を禁じていない。」という、1本目の本気のシュートが、「主位的主張」です。

万が一、それが認められない(ゴールに入らない)ときのための、「もしも禁じているとすれば、それは憲法違反となる。」という、2本目の本気のシュートが「予備的主張」です。

この2つの主張(シュート)が、Xジェンダー同性婚裁判の骨格をつくっています。よろしくお願いいたします。

(2021年1月17日記、宮井)

 

4. 「同性婚の禁止をやめたら、こんな悪影響が起きた」という実例はあるのでしょうか

前回の投稿では、「同性婚実現への2本のシュート」というタイトルで、「Xジェンダー同性婚裁判」では大きく分けて2つの主張をしていることを書かせていただきました。

① 現在の民法・戸籍法は、同性婚を禁じていない。 =主位的主張(しゅいてき しゅちょう)

② もしも、現在の民法・戸籍法が同性婚を禁じているのなら、そのような民法・戸籍法は憲法違反となる。  =予備的主張(よびてき しゅちょう)

今回は、1つめの主張と2つめの主張に共通している、最も肝心な点の一つについて、書かせていただきます。

それは、

「同性婚を禁止している現在の取扱いをやめても、私たちの社会にはなにも悪影響は起きない」

ということです。

現在までの取扱いでは、「法令上の性別(戸籍やパスポートなどの性別)が同性である二人の婚姻は、不適法である」とされています。

法令上の性別が同じ二人が、市町村の役場に婚姻届を出しても、婚姻届は受理されず、「同性同士を当事者とする婚姻届は、不適法であるため、不受理処分とします」と言われてしまいます。

Xジェンダー同性婚裁判の申立人のお二人も同様でした。

しかし、このような扱いがずっと続けられているのは、何のためでしょうか。

最高裁判所の判決などで、繰り返し述べられていることなのですが、法の下の平等を定める憲法14条1項は、事柄の性質に応じた「合理的な根拠」がない限り、人と人とを区別することを禁止しています。(例えば、最高裁判所の平成27年12月16日の再婚禁止期間違憲判決でも、このことが述べられています。)

これは、人間が一人一人みな平等の存在である以上、誰かと誰かを区別して扱うときは、「きちんとした理由」(合理的な根拠)が必要であって、「きちんとした理由」もないのに、人と人を区別することは許されない、ということです。

では、法令上の性別が異なるカップルは婚姻ができるけれども、法令上の性別が同じカップルは婚姻ができない、という「区別」には、「きちんとした理由」があるでしょうか。

世界の国々を見ると、2001年のオランダを皮切りに、これまでに29の国々で、同性婚が認められています(2021年2月現在)。

これらの国々から、「同性婚を認めてみたら、こんな困ったことが起きた、社会にこんな悪影響が起きた」という報告は、私達の知る限り、届いていません。

一番最初のオランダでは、同性婚を認めてから20年の月日が流れましたが、そのオランダからも、「同性婚を認めてみたら、こんな困ったことが起きた、社会にこんな悪影響が起きた」というレポートはありません。

ニュージーランドでは、2013年に同性婚が認められました。

それから5年たった頃に日本で行なわれたシンポジウムで、ニュージーランド大使館の方は、

「同性婚の問題は賛否両論に分かれましたが、5年が経ったいま、当時のことを振り返ると、反対した人たちでさえ現在はあまり、このかつては意見を分けた課題について、関心を向けていないことがわかります。『なぜあんなに大騒ぎしたのだろう』という感じです。世界は終わりませんでしたし、人々はそのままの生活を続けました。変わったのは民意の方でした。」

と述べておられます。(LGBT法連合会編著『日本と世界のLGBTの現状と課題-SOGIと人権を考える』45頁より)

台湾では、2019年5月に同性婚が認められました。

台湾の蔡英文総統は、2019年10月のLGBTパレードの日に、ご自身のFacebookで、このような投稿をされたそうです。

「あの日以降、私たちの元々の家族は変わらず幸せです。元々の婚姻も美しく、信仰も自由なまま。ただ違うのは、より多くの人が一緒に幸せを抱くことができるようになったことです。」(鈴木賢明治大学教授「比較法から吹く風は日本法を変えるのか-同性婚の法制化を例として」(法学セミナー792号)26頁より)

そうしますと、日本で、同性婚を禁止するという「区別」をこれからも続けることについて、一体どのような「きちんとした理由」があるのでしょうか。

今の日本で、同性婚は、どのような弊害を防ぐために禁じられているのでしょうか。

同性婚は、どのような人の、どのような法益(ほうえき)を守るために禁じられているのでしょうか。

「同性婚を認めても、社会に弊害は起きない。誰も困らない。でも同性婚は禁止する。」
人と人はみな平等なのですから、このようなことが許されるはずはありません。

以上に述べた一事をもってしても、同性婚を禁止する現在の扱いは正当化できない。

「合理的な根拠」(きちんとした理由)のない「区別」であって、最高裁判所の基準に照らし、許されない。

以上のことが、「Xジェンダー同性婚裁判」の最も肝心な点の一つだと思います。

(2021年2月20日記、宮井)

5. 「東日本大震災を詠む」

(今日は、Xジェンダー同性婚裁判とは少し別のことを書かせていただきます。)

先日、NHKラジオを聞いていたところ、「文芸選評 東日本大震災を詠む」という番組を放送していました。

リスナーの方々から寄せられた東日本大震災についての俳句を、選者の方が紹介していました。
その中に、このような句がありました。

逃れしに 逃れざりしに 涅槃雪
(のがれしに のがれざりしに ねはんゆき)

「涅槃雪(ねはんゆき)」とは、俳句の季語で、春に、冬の名残りのように降る雪のことだそうです。

語源は、お釈迦様の命日である陰暦の2月15日頃に降る雪のことで、それはとても白くてきれいな雪だとおっしゃる方がいるそうです。

地震や津波から逃れた人の心や、
逃れることができなかった人の心に、
原発の放射能から逃れた人の心や、
そこへとどまった人の心に、
震災に伴う苦しみから逃れることができず、
或いは、逃れようと亡くなった人の心に、
今年もまたこの季節になると、空は慰めの雪を降らせている。

そのような解釈をすることができる句のように、感じました。

今年3月6日のNHKラジオでお聞きした句ですが、とても心に残りましたので、ご紹介をさせていただきました。

(2021年3月11日記、宮井)

6. 法律による行政の原理 (1)

「Xジェンダー同性婚裁判」では、大きく分けて2つの主張をしています。(詳しくは、3回目の投稿をご覧いただければと思います。)

① 現在の民法・戸籍法は、同性婚を禁じていない。 =主位的主張(しゅいてき しゅちょう)
② もしも、現在の民法・戸籍法が同性婚を禁じているのなら、そのような民法・戸籍法は憲法違反となる。 =予備的主張(よびてき しゅちょう)

この裁判では、①のなかでも色々な角度からの指摘をしているのですが、今日は、そのうち、私たちが最初に指摘したことを書かせていただきます。

それは、「誰かの婚姻届を不受理にするためには、法律の根拠が必要なのに、婚姻のルールを定める民法には、同性婚を禁止する規定がない」ということです。

現在の取扱いでは、法令上の性別が同じ二人が市町村の役場に婚姻届を出すと、婚姻届は「不受理処分」にされます。
Xジェンダー同性婚裁判の申立人のお二人も同様でした。

ところで、「提出された婚姻届を不受理処分にすること」は、「国民の権利を制限する行政処分」と呼ばれるものの一つです。

このような「行政処分」には、「根拠となる法律」が必要です。

なぜかと申しますと、例えば、その時々の行政庁(法務大臣など)の考え一つで、民法と関係なく、「こういう婚姻はOK、こういう婚姻はNG」と決めてよいことになったら、婚姻を望んでいるカップルは、それぞれ、はたして自分達が婚姻できるのかどうか、よく分かりませんから、混乱します。

(ちなみに、婚姻届の受理や不受理は、市町村の役場が担当していますが、これは、いわば法務省のお仕事を市町村役場が代行しているものです。
そのため、市町村役場には、法令上の性別が同じ二人の婚姻届を受理するか不受理にするかを決める権限はなく、法務省の見解に従って、受理・不受理を判断しています。)

また、国会が作る法律に関係なく、法務大臣が、「こういう婚姻はOK、こういう婚姻はNG」と決めてよいことになりますと、「世の中の大切なことは、国民が選挙で選んだ国会議員が話し合って、法律で定める」という法治主義や民主主義にも反しています。

そのため、「国民の権利を制限する行政処分には、法律の根拠が必要である」という大切なルールがあります。
「法律による行政の原理」と呼ばれています。

さて、先ほど、「提出された婚姻届を不受理処分にすること」は、「国民の権利を制限する行政処分」の一つである、と書きました。

そうすると、「法律による行政の原理」のルールからすると、「法令上の性別が同じ二人の婚姻届を不受理処分とすること」にも、法律の根拠が必要です。

では、婚姻のルールを定める民法には、「法令上の性別が同じ二人は、婚姻できない」と定める条文は、あるでしょうか。

もし、民法にそのような条文がないとすると、
法令上の性別が同じ二人の婚姻届を不受理処分にする、というのは、
「法律の根拠がないのに、国民の権利を制限する行政処分をすること」になります。
これは、「法律による行政の原理」に反し、違法である、ということになります。

長くなりますので、この続きはまた後日に書かせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

(2021年3月20日記、宮井)

7. 同性婚裁判と、トランスジェンダーの『最も危険な年』

『最も危険な年』(原題 Most Dangerous Year)というドキュメンタリー映画があります。
2016年にアメリカで起きた、トランスジェンダーの危機を描いた作品です。

https://mostdangerousyear.peatix.com/view

前年の2015年、アメリカ連邦最高裁は、同性婚を認めないことは憲法違反だ、という判決を出しました。
この判決によって、全米で同性婚が実現したのです。

この判決は実は、ギリギリの勝訴判決でした。アメリカ連邦最高裁には9人の裁判官がいますが、賛成5人、反対4人という、1人差の勝利でした。

同性婚に強く反対していたグループは、今度は、トランスジェンダーに狙いを定めます。このグループは、「学校などで、身体の性別と異なるトイレを使ってはいけない」という法案の提出を始めるのです。一部の一般市民の間でも、トランスジェンダーへのバッシングが起こります。

このようにして、アメリカでは、同性婚を勝ち取った翌年が、トランスジェンダーにとって「最も危険な年」となった、という実話のドキュメンタリーなのです。

なぜこのようなことが起きたのか、私の今の知識は十分でなく、きちんと分析することはできません。

ただ、同性婚の実現を目指し、「Xジェンダー同性婚裁判」を担当させていただくうえでは、このドキュメンタリーのことを、片時も忘れることなく取り組みたいと思っています。

『最も危険な年』では、トランスジェンダーの子を持つ親たちが、我が子の尊厳と安全を守るために奮闘する姿が描かれています。そして、トランスジェンダーの方々の男女別施設の利用について、日本でも時折見られる誤解や、問題のポイントが、わかりやすく描かれているように感じました。

日本語字幕のないものであればインターネット通販でも購入できますし、日本語字幕付き作品も、今後も各所で上映会が開かれていくように思いますので、もし機会があれば、一度ご覧になってみて下さい。

(2021年4月14日記、宮井)

8. 法律による行政の原理(2)-「婚姻ハ,法律ノ定ムル要件ヲ具フルヲ要シ,又,之ヲ以テ足ル。」

6回目の投稿で,「法律による行政の原理(1)」と題して,「誰かの婚姻届を不受理にするためには,法律の根拠が必要なのに,婚姻のルールを定めている民法には,同性婚を禁止する規定がない」ということを書かせていただきました。

ところで,「法律による行政の原理」は,普段は,「憲法」や「行政法」という法律分野で,学ぶことの多い原則だと思います。

法学部や法科大学院などでも,「法律による行政の原理」を学ぶのは,「憲法」や「行政法」の講義のときで,「民法」の講義のときには聞かなかったな,というのが,法律を学んできた多くの方々の感覚かと思います。

ただ,実は,民法の婚姻のルールに関しても,この「法律による行政の原則」と同じ内容のルールがあることを,昔の民法の研究者たちは,それぞれの言い方で述べていたように思われるのです。

明治時代の研究者で,現在の民法を起草した熊野敏三さんと岸本辰雄さんは,「子どもをつくる能力がない夫婦の婚姻は有効か」という論点について,以下のように述べています。(※子どもができない二人であっても婚姻できるのは当たり前ですから,こんな論点があること自体も,ここで述べられている内容も,ひどい話ですが,以下は,あくまで明治時代に書かれた文章ですので,そう思ってお読みいただければと思います。)

熊野さんと岸本さんは,こんな風に言っています。(「 」の中は,引用者が現代語訳しています。)

「子どもをつくる能力のない者は,婚姻の材料が欠けていて,婚姻の目的を達することができない者だ。よって,婚姻などできない,と考えることができる。」

・・・ひどいですね。しかし,続いてこのように言っています。

「しかしながら,このような解釈は,民法の精神に合っていない。」「婚姻の条件は明文によることが必要で,これを(解釈で)補足することはできない。」と言っているのです。

・・・これはすなわち,明文(法律の条文)の根拠もないのに,ある婚姻を不適法などとは言えない,という意味なのではないでしょうか。

なお結論としては,このように言っています。「(民法の)条文から考えるならば,婚姻は,二人の合意で成立する性質のものであって,子どもをつくる能力は,一般論としては備えるべき条件だけれども,必要不可欠な条件ではない。」

(熊野敏三,岸本辰雄『民法正義人事編』(明治23年発行)より)

また,大正から昭和にかけての民法研究者,穂積重遠さんは,はっきりと,このように言っています。

「婚姻ハ,法律ノ定ムル要件ヲ具フルヲ要シ,又,之ヲ以テ足ル。」

(=婚姻は,法律が定める要件を備えることを要する。そして,それで足りる。)

(穂積重遠『親族法大意』(大正6年)より)

このようにして,明治から昭和にかけての民法研究者が異口同音に言ってきたのは,まさに,「法律による行政の原理」と同じルールであるように思われます。

すなわち,「誰かの婚姻を“不適法”と言うためには,そのように書いてある法律の根拠が必要だ」と,それぞれに言っているのではないでしょうか。

では,民法には,「婚姻する二人は,法令上の性別が男女の組合せでなければならない。」とか,「法令上の性別が同じ二人は婚姻できない。」,という内容の条文はあるのでしょうか。

次回からそのことを考えていきたいと思います。

(2021年6月8日記、宮井)

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